随分エラソ―な題名↑ですが💦
環境や感情、そして親子の成り立ちをキネシオロジーの観点から記してまいりますね~(o^―^o)ニコ
また、
自分が親↔︎自分が子供
という立場を変えて読んでもらうとなお、身につくかもしれません☆
さて
子供の問題は
コミニュケ―ション問題の中で一番難しいものです。
同僚とか
先輩後輩の関係性であれば
永続性は少ないですが
子供となると
生涯その関係性は変わらないですし
何より愛しい存在ですもんね。。。
そもそも子供の問題を
コミニュケ―ション問題として位置づけて考えること自体
もしかしたら斬新なのでは?と思いますが
実際、そう考えていくことで
メリットがありますよ☆
まずは
子供をイチ個人としてとらえることができる
意外と子供を所有物的に扱っていることって誰にでもあるんですよね。
いや、自分はそんなことしてません!
と思っていても。
事実、そうだとしても。
子供が「自分は親のいいなりに動いている」みたいに感じていたとしたら
子供を親の所有物、配下のように位置付けていることになりますね💦
たとえ子供がわがままを言っているように聞こえたとしても、
子供の側としたら
きちんと理由があって、それを伝えきれなくて
泣いたり反抗したりしているケースがあります。
で、
とにかく、とにかく、子供の行動に
困ってしまう場合…
それは
「私を見て!」です。
親としてきちんと見ているのに…
それでも
子供としては、イチ個人としては
ちゃんと見てもらっていない!
ということなんです。
親の意図と子供の受け取りの認識が違う。んです。
つまり、
子供と言えども
他人様である、ってことなんですね☆
↑から、子供イチ個人として認識できるようになると
子供に教える、子供を育てる、というスタンスが変わる
子供の自我を尊重しつつ大きくなってほしいのに
親が関わりすぎることがネックになる場合があるんですよね…
悲しいことに。
○○したほうがいいよ
○○してみたら?
という前に
「あなたはどうしたい?」
と聞く姿勢が一番大事ですね~
なかなか答えが返ってこないからといって
じゃ、○○したほうがいいよ
じゃ、○○してみたら?
…は、いったん飲み込んで
「じゃ、思いついたら教えてね!」
「ゆっくりでいいよ!」
と、いう感じがいいですね。
緊急性がある場合はこれに限りませんが☆
「子供の問題は子供の問題である」
これが基本ですね。
おむつが取れて一人でごはんが食べられるようになって以降の年齢から
これは適用されますよ
発語が難しい、結構ちびちゃんの時から、
実践してよいことです。
答えが返ってこなくてもいいんです、
子供たちが自ら考える環境を作ることが大事ですからね。
↑ここまで前置きです(長い…💦)
さて表題の
「子供の問題を親としてどう捉えると解決するか」
なのですが、
だからといって
ほっとけばいい!ってことでもないじゃないですかぁ…
だってかわいいし悩んでほしくない。
と、そんな思いに
親である自分が苦しくなるんですよね。
だから助けたいわけですが
実は
子供のことで悩んでいるときって
『親である自分の過去の傷がうずいている』んです。
子供のころ自分は
親に助けてもらえなかった
親に心配かけたくなかった
親に言いたいことが言えなかった、または伝えられなかった
我慢するのが当たり前だった
もっともっといろいろありますが
とにかく
自分の傷がまだ癒えきっていないから
そこが痛みを発しているんですね。。
では結論。
「子供の問題を親としてどう捉えると解決するか」
子供をイチ個人としてとらえ
子供がどうしてほしいかを聞く
それが実行できるかどうかを話し合う
(ただ聞いてくれればいいという場合もある)
そして
「自分の過去に似たような経験があったかな?」
と、自分の問題に置き換える
似たような経験がある場合がほとんどなので
それを思い出し、
過去の自分に聴く(自問自答って感じです^^)
と!
答えが出てきます。YO!
最初は難しいので
カウンセリングではそのやり方などもお伝えしています。
ほんとはもっと情報がいっぱいなんです…
書き足りない💦
子供の問題とは
自分の問題を解放するためのきっかけになっている
ということを
お持ち帰りいただけたらなと思います☆
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